『アーケイン:リーグ・オブ・レジェンド』紹介

世界を背負う人物たちによる百合作品としての『アーケイン』

アニメ『アーケイン』とは?

ストリーミング・サービスであるネットフリックスに、2021年11月6日に3Dアニメーション『アーケイン:リーグ・オブ・レジェンド』(以下、『アーケイン』)が公開された。ゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』(以下、『LoL』)を原作にした43分×9話構成の3Dアニメーションである。

単刀直入に結論から言おう。私には『アーケイン』が今季一番面白いアニメであり、百合要素もたっぷり楽しめた。もし、貴方がネットフリックスにすでに登録しているのであれば悩まずに見ておくべきであり、これのためにサービス登録を行っても損はしないだろうと思う。

ところが、こう考えている読者があるかも知れない--いや、『LoL』という原作ゲームを知らないのに、大丈夫だろうか?私から言えば、全然知らなかったが大丈夫だった、と答えよう。もちろん「全然」というのはちょっとした誇張ではある。私は韓国出身であり、韓国では『LoL』が2011年のサービス開始の時点からずっと人気を集めていて、E-Sportsとして観覧を楽しめる若者が多い。なので、私はこのゲームは全然触ってないけれども、5:5の対戦ゲームであるとか魔法と科学が共存する世界だとか今回の主人公となる「ジンクス」の名前や外見といった情報ぐらいは知っていた(あと、ユーザーが敵同士だけではなく味方同士にも悪口をするという悲しい情報なども)。

だが、それさえ知らなくても『アーケイン』の視聴には何の問題もない。何故ならば、このアニメは『LoL』というゲーム本編の時代より遡り、どうやって登場人物らがゲームでの姿になったかその起源を探るような前日譚になっているからだ。

ちなみに言うと、その原作を楽しめている友達たちからは、寧ろ原作ゲームを全然知らない方が面白いだろうと聞いた。有識者の場合はむしろ事前背景のせいで「このキャラクターはこうなるんだな」とか「このキャラクターはゲームに出るから死なないだろう」とか、次の展開に対してワクワクする期待が減ってしまうだからだという。

だが、貴方はこう聞くかも知れない--よし、『リーグ・オブ・レジェンド』を知らなくても『アーケイン』を楽しめるのは分かった。でも、『アーケイン』ってどんなアニメで何で面白いのか分からない。もちろん、私はそのためにこの記事を書いている訳で、『LoL』を5㎜ぐらい知っている私からこの作品に対して簡略に説明してみよう。

『アーケイン』は言わばスチームパンクに属しているアニメである。デジタル技術が登場する以前ではあるが、まだ産業革命が行っていない中世でもない、ちょうど近代のイギリスみたいな背景をしている貿易都市「ピルトーヴァー」は進歩への信念をもとで発展を続けている。だが、光ある所に影あり。「ピルトーヴァー」に運ばれる多くの資源は、「ピルトーヴァー」に支配される地下都市「ザウン」に依存していた。明るく楽観的な貿易都市「ピルトーヴァ―」とは違って、「ザウン」には自然的にはスモークが蔓延し社会的には犯罪組織が権力を持っていた。その「ザウン」で、二人の姉妹がいた。熱血で戦い上手な「ヴァイ」と、怖がり屋で何か作るのが上手である「パウダー」。妹の「パウダー」が何をやっても運がないと言われ「ジンクス」とも呼ばれていたが、姉である「ヴァイ」はそれでも彼女と一緒に行動することに何の躊躇もなかった。「ザウン」に住む彼女たちは10代の身ですでに小さい犯罪グループに属し、「ピルトーヴァ―」で価値あるものを盗むという「大きな山」で自分たちを証明しようとしていた。だが、その「大きな山」で「パウダー」が犯したミスによって、ある若者科学者「ジェイス」の重大な研究が公共の場で明かされることになった。それは、魔法を科学的な技術で制御し莫大なエネルギーに変える研究であった…

というのが、『アーケイン』1話の大雑把な筋書きである。オーソドックスなスチームパンクの設定ではあるが、『アーケイン』では「ピルトーヴァ―」と「ザウン」との葛藤、各都市の中の権力争い、その中でぶっつかり合う登場人物たちの信念などが誠実かつ精密に描かれている。特に登場人物はどれもが立体的な面を持っており、単に「これは誰が見てもこういう役割だろう」と思った人物が考えもなかった行動をしたりする。後述するが、それが上に挙げていた複雑な勢力関係と結び合って、キャラクターたちの悩みに視聴者がもっと近づけることが出来る。

もう一つ、そのオーソドックスな物語を運ぶのは、すごく先進的なアニメーションであることだ。『アーケイン』は3Dアニメーションだが、見ていると一般的に思える3Dアニメーションというよりは、オイル・ペインティングが動くような印象を受ける。それは、独特なシェイダーを使っているからでもあるが、動いてる人物は3Dポリゴンでありながらも背景美術は伝統的な手書きを使っているからである。背景だけではない。電気や火炎などのエフェクトはほぼ手書きであり、3Dアニメとしては苦手である流動物の表現が自然に混ざりあっている。色んなアーティストが参加した音楽も豪華で、雰囲気を盛り上げる。

https://youtu.be/j-haP59hTCM
(『アーケイン』の公式日本吹き替えトレーラー)

ここまでは、アニメとしての『アーケイン』に対する紹介である。これだけでも見る価値はあるだろう。だが、まだ紹介されていない部分がある。それは「百合アニメ」としての『アーケイン』が持つ魅力に対してた。

Larger than life、そして世界を背負うこと

ところが、この記事を読んでいる読者たちは「Larger than life」という言葉を聞いたことがあるかな?文字通り実物より大きい、誇張されていることやとんでもないこと、伝説的であることを意味する言葉だ。言い換えれば、「等身大」の対応語に当たる表現である。

私が思うに、『アーケイン』で描かれているのは「等身大」の人物というよりは「Larger than life」の形容詞が似合う人物だと思われる。もちろん上にも書いているように、そういった人物たちに悩みがないとか立体的な面を持っていないとは言えない。だが、一人の科学者「ジェイス」が都市全体の進歩を左右できるとか、監獄の中で何年が経ったにも拘わらず妹のことだけをずっと考え行動する姉「ヴァイ」の姿は、流石に「等身大」のリアルな人物には出来ない描写であろう。これは、彼らがもともと対戦ゲームに登場していた人物であり、性格や役割が見た目だけでぱっと分かり易いようにデザインされていることから起因するかもしれない。上に挙げていた科学者「ジェイス」や姉「ヴァイ」は、ゲームの中ではそれこそ「実物よりも大きい」ハンマーとガントレットを身に着けて戦う戦士なのだ。

とにかく、こういった「とんでもない」ことに身を引いてしまう観客もいることを承知の上で、私はそれを『アーケイン』の魅力として紹介したい。それも『アーケイン』にある百合の魅力として、だ。

『アーケイン』で見かけらる百合の中心には「ヴァイ」がある。些細なすれ違いによって別々の道を歩き敵同士のようになった妹「ジンクス」。(我々の警察・軍に相当する)執行官として彼女を刑務所から連れ出し「ザウン」の陰謀調査に協力を求めるお嬢様「ケイトリン」。ちょっと強引ではあるが、彼女の仇である「シルコ」の部下でありライバルとして何度も登場する「セヴィカ」まで。言っちゃえば、『アーケイン』は「ヴァイ」を中心とする百合ハーレムアニメなのだ。だが、その裏にはいつも『アーケイン』という「世界」の影が落とされている。

「ジンクス」と「ヴァイ」の話はネタバレになるため具体的な言及は避けるが、二人とも以前のような姉妹としてあり続ける感情はあるが既に彼女たちの立場は変わっており、「ジンクス」にとっては「ヴァイ」と同じぐらい大事なものが出来ている。「ピルトーヴァー」出身で正義感が強い「ケイトリン」は、そのナイーブさを嘲笑う「ヴァイ」とすぐ衝突する。「ヴァイ」の敵である「シルコ」に忠誠を誓った「セヴィカ」は「ヴァイ」にとっては許されない敵である。それぞれに、すでに関わっている組織・関係網が彼女たちの感情に強く影響を与えられている。いや、正確に言うと、そういった複雑な関係が感情を生成していると言った方が良いだろう。

なので、「ヴァイ」のあらゆる選択は、『アーケイン』の世界と繋がっている。「ヴァイ」が新たな力を得てすぐに「セヴィカ」を襲うことにする姿や、「ザウン」出身でありながらも「ピルトーヴァー」出身の「ケイトリン」のために橋を渡る姿は、それこそ、その世界に起きることの縮小版である。魔法工学で作られて鉱山労働者たちの安全を保障するために作られたガントレットは「ヴァイ」の手によって暴力の道具と変化する。妹の姿をずっと追いかけていながらも、「ケイトリン」と共に行動し「ザウン」の事情を「ピルトーヴァー」に知らせようとする行動は、「ザウン」と「ピルトーヴァー」との新たな連帯への可能性になる。

上にも書いたが、そういった選択や姿は「等身大」の人物には不可能である。「等身大」の人間は、そこまで関係網を変えるほど、関係網と一体になっていない。例えば、私は韓国出身だが、別に「LoL」やオンラインゲームを好んだことはなく上手でもない。そんな私がE-Sportsに対してどのような選択をしようが世界の縮小版にはなれない。そもそも、E-Sportsで活躍している韓国人がどのチームに入ろうが、それは国際関係とは何の関係もない。だが、「Larger than life」のタイプの人物はとんでもないからこそ、その背中は世界を担うことが出来る。

「Larger than life」タイプの人物にとっては「等身大」の人物とは違って「巨大感情」を背負うことは不可能かも知れない。それは、足が地に付いている「等身大」の人物だからこそ、些細な関係の中でどうしようもないジレンマを前にして持つことが出来るものだと思う。だが、「Larger than life」タイプの人物には世界を背負うことが出来る。そういった人物たちは世界を背負ったまま、話しあい誤解し戦い嫉妬し助け合い愛する物語を紡ぐ。だからこそ、私は百合を愛するものが『アーケイン』を見て欲しい。世界を背負ったままの百合を。

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Ashihara NepuYona
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Written by Ashihara NepuYona

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